教育はだれの責任?

最近、弁護士としてというよりも、一人の父親として、子供の教育についてだれが一番の責任を負っているのか、ということを考えています。

きっかけの一つとなったのが、現在議論がなされている、多様な教育機会確保法(仮称)という法案です。どのような法律にするかを決める上で、だれが子供の教育の第一責任者であると考えるのかが重要になってくるのです。
まだ正式に国会に提出されているわけではないのですが、おおまかに言いますと、様々な理由で不登校になってしまっている子供たちに、学校に行かなくても義務教育を終えたことを認定できる制度を作れないか、というのがこの法案の骨格のようです。

今は法案から削除されましたが、当初は、親が家庭学習の学習計画を作り、その計画について国の許認可を受ければ、その計画どおりに学習した子は義務教育を修了したと認められるようにするという案もありました。

もし本当にこのような法律ができたとすれば、子供の教育は国が許認可をした方法で行わなければいけないことになります。裏を返せば、子供の教育については親よりも国に第一の責任があるという考えになります。

法律家らしく法律を見てみますと、日本国憲法には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ」と書いてあります。
また、教育基本法には「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」と書かれています。
こうしてみると、子供の教育については、国ではなく父母などの保護者が第一責任者であるといえそうです(虐待などの例外的なケースはもちろん除かれるでしょう)。

ここから先は完全に個人的な意見ですが、私は、子供の教育について一番の責任を負っているのは国でも学校の先生でもなく、両親をはじめとする保護者だと思います。

様々な事情で親の保護を受けられない子供もいますが、そういう事情がなければ、子供は自立するまで親の保護を必要とします。
親に頼らなければ生きていくことができないということは、それだけ親の影響力が大きいということにもなります。子供に大きな影響力を与えられる立場にあるということが、逆に親の第一義的な責任の根拠になるのではないかと思います。
また、子供の親以上に、命をかけてでも子供を守り、子供のために犠牲を払える人はいないでしょう。
子供のことを誰よりも頑張って理解しようとするのも、やはりその子の親なのではないかと思います。
その意味でも、教育の第一責任者としてもっともふさわしいのは親になるのではないでしょうか。

少し話が逸れますが、私が愛読している聖書に、こんな言葉があります。
「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。…父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。」
子供にとって、両親に従順であろうとすることは、将来社会で活躍するための最良のトレーニングなのではないかと思います。両親に従順である子は(もちろん、両親の教えが正しいことが前提ですが)、どこに出したとしても、そこで従うべき人に従う貴重な人材になるのだと思います。
両親にとっても、子供を親の自己実現の道具にするのではなく、子供の人格を養い育てることを目標にした教育ができれば、素晴らしい子育てができ、結果的に良い親子関係が築けるのではないかと思います。

そんなことを考えながら、日々子育てに奮闘しております。
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