多摩の地名

久しぶりのブログです、笠井です。
そこそこ元気にやっています。

私が、東京とはそこそこ離れた福島県会津地方の出身である、ということは、
しつこいくらい毎回書かせていただいています。
事務所入所に伴って多摩地域にやってきたものですから、
地元の方にとっては当たり前の地名が全く読めなかったりしました。

例えば「福生」。
「ふっさ」であることは、今では当たり前なのですが、読めませんでした。すみません。
そして「小作」。
「おざく」ですね。大学の同級生に小作が最寄り駅だった人がいて、読み方をすごくアピールしていたな…
あと「河辺」。
「かべ」と読むとは知りませんでした。

と、書きながら、青梅線沿線ばかりだなあ、確かに最近乗っているなあ…(あ、これで「おうめ」っていうのも当たり前に見えて当たり前ではないですね。)と、ここのところの生活に思いをはせてみました。
弁護士の仕事、外に出ていることが多いのです。
ちなみに、仕事以外でよく行く場所がある京王線の「飛田給」。
「とびたきゅう」ですが、こちらも難易度が高いですね。

そうそう、私の出身の会津地方にも、読み方が難しい地名がありました。
「会津坂下町」と書いてなんと読むでしょう?
答えは次にブログ当番が回ってきたときに!といいたいところですが、
しばらく先になりそうなので答えをお知らせすると
「あいづばんげまち」と読みます。
わかった方、いらっしゃいますか??

生まれも育ちも会津です

笠井です。久しぶりのブログ記事です。

このたびの、熊本を・大分を中心とした地震により、被害にあわれている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
報道に触れて、衝撃を受けるばかりですが、被害にあわれた皆様が、少しでも早く日常を取り戻されることを願っています。

私は以前にも書きましたが、福島県会津地方で生まれ、育ちました。
今でこそ、会津若松市に吸収合併されてしまいましたが、河沼郡河東町、という、人口1万人ほどの小さな町の出身で、両親も会津の出身なので、生粋の会津っ子です。
(会津若松の出身です、とお話しすることも多いのですが、本当は違います。)
会津若松市内にある県立高校を卒業後は、地元を離れてしまいましたが、今も実家があり、両親が暮らしています。

平成23年3月11日
東日本大震災が発生した日、私はまだ弁護士ではなく、司法修習生でした。
横浜の検察庁での修習中でしたが、たまたま3月11日は「自由研究日」という名のお休みの日で、自宅から徒歩20分ほどの場所にある出身大学院の図書館で、同期の修習生と勉強をしていました。
あの日発生した揺れは、私が経験したことのないもので、椅子に座っていられずに立ち上がったものの、立ったままでいることができずに、しゃがみこんでしまいました。

私は地元会津を離れてからは主に神奈川県内で生活してきましたが、関東の地震の多さにとにかく驚いていました。
私が生まれ育った土地は本当に地震の少ないところだったからです。
なので、まさか東北地方でそれ以上の揺れが観測されたなどとは、思いもよりませんでした。
周囲の学生の携帯電話のワンセグ放送で、どうやら東北が大変なことになっている、ということを知り、非常に不安になったことを、覚えています。
実家には、両親と妹がいたのですが、とにかく連絡が取れなくなってしまって、さらに不安を覚えました。
会津地方の被害は大きいものではなかったかもしれませんが(実際、私がいたところと実家の震度は同じくらいでした。)、原発の事故後は放射線量は通常の倍程度になりました。
まだまだ寒い時期なのに、灯油が不足する、ということがありました。
実家近くでは、今も、避難してこられた方が仮設住宅で生活なさっています。

私は福島の中でも会津地方の出身で、しかもその土地を離れて暮らしている、ということは前述のとおりです。
あの震災から、私は自分がどういう立ち位置にいるのかということを、やたらと考えるようになったと思います。
そして、うまく説明できませんが、自分がとても中途半端な存在であると感じていました(今でもそれは変わりません。)。
ただ、中途半端ではあるけれど、生まれも育ちも会津です、会津は私の大切な故郷です、ということは間違いないんだな、と思っています。

今回の地震の情報を目にし、当時の感情が少しだけよみがえってきました。
直接被害にあわれた方も、故郷が被害を受けている方も、被災地の周囲の方も、離れた場所にいる方も、それぞれの立場で、苦しい思いをしている方は多いと思います。
直接被害にあわれた方が、いちばん大変ではあるけれど、それぞれが、なんとか乗り越えていけますように。

弁護士は敷居が高いと思っているのは…

笠井です。
日々、いろいろお仕事をさせていただいていますが、やはりリフレッシュは必要で、
休日出勤の際に立川のネイルサロンに行ったり、
夜遅めの時間からのホットヨガレッスンに通ったりして、癒しのひとときを過ごしています。
刑事の身柄事件が入るととたんにヨガには行けなくなってしまうのが悲しいところですが…。

美容院とかネイルサロンとか習い事に行くと、職業を書かされたりすると思うのですが、
私、ネイルサロンでもヨガでも、職業は会社員で通しています。
(近からず、遠からず。詐称になるのかしら…。)
仕事がこんなかんじで~、なんて話ももちろんしますが、
話せば話すほど、仕事しかしてないんじゃないかと思われている感じです。
そうでもないと思うのですが…。
ネイルサロンには、土日に仕事の途中で行く場合が多く、
最近、「休日出勤中に職場を抜けてくる人」と認識されてしまい
「今日もお仕事ですか」と聞かれるようになってしまいました。

で、どうして、自分の職業を会社員と言ってしまうのかなと考えてみると、
やっぱり弁護士が身近な存在ではなく、敷居が高いと私自身が思っているからなのかな
(職業を言ったら退かれるかもしれないとか。)という、一応の結論にたどり着きました。
他の理由も思いつくのですが。

自分自身、そんな風に思っているのね…なんて、ちょっと切ない気持ちになりました。

弁護士も、会社員ですなんて、ちょっと職業をごまかして、
仕事の愚痴(当然中身は話しません)を聞いてもらいつつ、
たまに寝ちゃったりしながら爪をきれいにしてもらったりしているのです、実は。
これから会社に戻るんです、なんて言いながら、
汗だくでヨガレッスンに参加していたりするのです、実は。
もしかしたら、あなたのお客さんも弁護士だったりするのかも。

最近感じたこと

笠井です。入所直後にブログを書いてから、大分時間が経ってしまいましたが、なんとか元気にやっています。

最近仕事の関係で鹿児島にいってきました(日帰りで(涙))。
日帰りってつらいですね、ということは置いておいて、
鹿児島出張で感じたことをつらつら書いてみようと思います。

今回、鹿児島の地元の方とお話しをする機会があったわけですが、
話すスピードが早いなあと、まず感じました。
そして、地元の者ではない私たちにお話しいただくときは、東京の言葉に合わせていただいていたので、お話の内容は問題なく理解できたのですが、
地元の方同士の会話には全くついて行けず、内容も理解できませんでした。
これは、思いの外衝撃的でした。同じ国なのにね、と。

前にも書きましたが、私は福島県の会津地方の出身です。
もちろん方言もあります。
会津の人が鹿児島の人と、方言のみで会話をしようとしても、成り立たないのではないだろうか、と感じました。
なかなか見ることができていませんが、大河ドラマでは会津出身の八重さんのお話が流れていました。出身者からすると、ドラマの会津弁には違和感があるのですが、あの時代に、違う地方(というか国)の人同士が、心を通わせるというのは容易ではなかったのではないでしょうか。

ちなみに、会津のひとは今でも薩長をゆるさない、といっているわけではないはず、です。
ネタとして言うことはあるかも知れませんが…。

新しい年

新しい年が明けました。
 私は、昨年12月に約1年間の司法修習を終え、1月より勤務することになりまし
た。
どうぞよろしくお願いいたします。
 さて、私は司法修習の配属地が横浜で、それ以前も合わせると15年近く神奈川
県内で暮らしていました。
神奈川も住みやすい土地であったと思うのですが、仕事を始めるに当たり、通勤
時間がだいぶかかってしまうということで、年末に夫とともに引っ越しをしまし
た。
 何とか移動は終えられたのですが、引っ越し直前に風邪をひいてしまい、風邪
も治っていないのに実家に帰省して…と、バタバタしていたためか、片付けが全
く終わっていません。この段ボール箱が片付く日はやってくるんでしょうか。片
付け、頑張ります。

 ちなみに、生まれも育ちも福島県の会津地方です。
 愛してやまない会津については、また機会を改めて書かせていただくことにし
て、
今回は、帰省した際に見つけた素敵なのぼりを。

111231_1420~01

 「がんばろう」ではなく「がんばってます」というのが、
いいなあと、思ってしまいました。

 新しい年、引っ越しもしましたし、気持ちも新たに、私も頑張ります。

プロフィール

多摩パブリック法律事務所

Author:多摩パブリック法律事務所
多摩パブリック法律事務所は、多摩地域の法的ニーズに積極的に応えるため、東京弁護士会の全面的バックアップにより設立された公設事務所です!

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